血球貪食症候群の闘病、再発の記録

私は今までに2度、血球貪食症候群という病気になりました。

一回目が14歳(平成10年)の時。この時はまだ子どもということで、小児科病棟に入っていました。血球貪食症候群の引き金となったものは、検査でもわかりませんでした。そしてさらに、脳症も併発してしまい・・・
目が覚めたら、知能も肢体も言語も不自由な少女になっていました。

二回目は29歳(平成25年)の時。施設でのリハビリや自力で再発達のためにいろいろなことを試してきたおかげで、過去の私を知らない人には障害のことを悟られない程に回復した私は、結婚して一児のママになっていました。そんなときの再発。この時も原因はわからず、「Kanakoさんには完治という言葉は使えません。」と言われました。

 

私の思い

病気から回復し、インターネットが使えるようになった頃、病気について検索するようになりました。しかし「血球貪食症候群」についての情報はほとんどなく、あっても専門家の方が見るような難しいページばかりの印象でした。

今では以前に比べ、闘病記や情報サイトが増えてきていますが、他の病気に比べて当事者の発信するものは少ないように感じます。

それは、血球貪食症候群の患者として比較的多いのが子どもであり(成人の場合は一般に軽症であるそうです)、大人に比べ体力のない子どもの場合、親御さんたちも記録を残す余裕もない程に目を離せない状況となることが関係しているかと思います。

私が中学生の時にこの病気になった時に、お医者さんから話を受けた時の両親の表情を、私は今も覚えています。私の前では明るく強く振るまっていましたが、情報も少なく不安でたまらなかったと思います。

暗い情報ばかりの中、同じ症例でも前向きな情報があったら、両親も、そして私自身の心の持ちようも変わってきただろう、と感じ私のケースを公開することにしました。

この記事が、少しでもお役に立てましたら嬉しく思います^^

 

血球貪食症候群ってどんな病気?

Wikipediaによると、

血球貪食症候群(Hemophagocytic syndrome; HPS,欧米ではHemophagocytic lymphohistiocytosis; HLHなど、国際的に統一の呼び名はまだない)は、医学の発達に伴って明らかとなってきた疾患のひとつで、本来人間をまもるべきマクロファージや好中球といった免疫細胞が暴走し、自らの血球(とくに血小板)を食べてしまう病気である。小児で先に報告されたが、成人に起こることは現在ではわかっている。きわめて重篤な致死的疾患である。突然健常者におこることもある。

本来、マクロファージや好中球など免疫細胞というものは、自分の身体を守るために働くものです。

ですが、その免疫細胞が正常な血球(白血球や赤血球、血小板)をバクバクと食べてしまうのがこの病気なのです。まさに、「血球貪食症候群」という名前がピッタリです。

「症候群」という名前からもわかるように、厳密にいうと病名ではなくて症状の名前なのだと病院では教えていただきました。この状態を引き起こした原因がこの症候群だという説明だったかなー?

私の場合、
・白血病
・悪性リンパ腫
・固形癌
・ウイルス、細菌感染症
・自己免疫疾患(膠原病)
この辺りが疑われていました。

検査によって、白血病、悪性リンパ腫、固形癌の可能性は否定されましたが、残念ながら、2回とも原因の特定はできませんでした。

この病気には、一次性の血球貪食症候群と二次性の血球貪食症候群があり一次性は小児(15歳以下)に多く、二次性は成人に多いそうです。

こちらの研究では、年間80万人に一人の確率で血球貪食症候群を発症すると記載されています。担当医からは、15歳以下の発症者の割合が過半数を占めていると聞きました。

 

一回目(14歳の時)の発病

受診にいたるまでは、このように記録されています。

H10年8/2~発熱・吐き気出現。8/3からは腹痛も出現。頭痛も続き、8/5、近医受診。採血上異常なし。8/6当院(総合病院)受診。

最初に異常を感じた時から発覚まで5日かかっています。

うちの両親は共働きだったので、「えー?病院!」って母が嫌がるだろうな、って考えていまして…、「ちょっとダルくて~。」を3日も通し、4日目にやっと近所のクリニックを受診したという経緯があったのです。

ですが、そこでの診断は夏風邪。
私としては、今までにない怠さだったし、3日も38度~40度が続くのはさすがにおかしいと思ったので、これは風邪ではないと思っていました。
でもまぁ、「風邪じゃないと思います!」なんて言えませんでした。

解熱剤をいただいたのですが、解熱剤が効きませんでした。一時的に熱は下がったのですが、すぐに40度越えになりました。確かその後、それまで39度台に下がったりしていた体温が下がらなくなったんです。

それでも一日粘って…衰弱して意識が朦朧とする私を見て、さすがの母も、これはおかしいと、夜中に総合病院の救急に連れて行ってくれました。

8/6の夜間緊急からそのまま入院となりました。

8月6日から血性下痢も出現。入院となる。入院時WBC2500/µL RBC429万/µL Plt8.0万/µL。8月7日DICをきたし、FOY使用開始。8月8日Plt4.5万/µLにてPC15単位輸注。
8月10日WBC1800/µL(好中球918)RBC331万/µL Plt6.8万/µLと、汎血球減少をきたした。骨髄穿刺を行い、びまん性????・特に赤芽球はほとんど認められなかった。
G-CSFを用い、???は一時的に増加。貧血は進行したが輸血は行わず。

注1:「?」部分は解読できませんでした。
注2:DIC=播種性血管内凝固症候群、FOY=DICの治療薬の一つ、PC=濃厚血小板、WBC=白血球、RBC=赤血球、Plt=血小板数、G-CSF=好中球の働きを高める因子

私自身の意識は、この時点ではもうなかったと思います。

ただ、1つひどーく痛い検査があって押さえつけられていたのは、しっかり覚えています。私の記憶の中では、お医者さんや看護婦さんに「触るなくそブスデブ!」みたいな暴言吐いてました(涙)

 

入院までの症状まとめ

さて、入院までの症状としては
・高熱(38~40度越え)
・頭痛
・寒気
・関節痛
と、インフルエンザの症状のよう。

実際2度目の血球貪食症候群の時はインフルエンザを疑われ、インフルエンザの検査を一番はじめにしています。

そして、上記の症状に加え腹痛もあったと記録にあります。
これは、肝臓や脾臓の腫れによるものだということです。

黄疸(目や皮膚が黄色くなる)が出ることもあるそう。尿が異様に濃いとかも黄疸なんだそうです。

血液検査で分かったのは、白血球&赤血球、血小板数の減少。

参考までに、それぞれの基準値(成人)は以下の通りです
白血球:4,000~9,000/µL
赤血球:350万~500万/µL
血小板数:13~37万/μL
※14歳は小児ですが、【幼児期の血算値は、赤血球系、白血球、血小板ともに高値ですが、小児期には多彩な変動が見られ、12 ~15歳頃までにほぼ成人と同等のレベルになります。】とあります。→こちら参照

私の場合は、

入院時WBC(白血球)2500/µL RBC(赤血球)429万/µL Plt(血小板数)8.0万/µL。8月7日DIC(播種性血管内凝固症候群)をきたし、FOY(DICの治療薬の一つ)使用開始。8月8日Plt4.5万/µLにてPC(濃厚血小板)15単位輸注。8月10日WBC1800/µL(好中球918)RBC331万/µL Plt6.8万/µLと、汎血球減少をきたした。

白血球:2500→1800
赤血球:429万→331万
血小板数:8万→4.5万→6.8万
という経過をたどっています。

血球が減少することから考えられる病気としては、

・再生不良性貧血
・敗血症
・急性骨髄性白血病
・全身性エリテマトーデス
・播種性血管内凝固症候群(DIC)
・肝硬変 ・・・などがあるそうです。

肝機能障害もあり、汎血球減少からDIC、MOF(多臓器不全)と考えた。

※現在では、臓器機能は正常に回復しうることからMODSと表現されるのが適当とのこと。

入院から4日後、骨髄検査によって、血球貪食症候群と診断されました。

この頃にはもう意識障害となっていました。実はこの時、何もわからなかったわけではないんですが、病気の経過と密接に関係しているわけでもないので別記事にしてあります。

これ以降の回復については、私の場合、後遺症を抱えてしまったため
目覚めて内服~退院という風には行きませんでした。

noteにある記事は、私の回復に関するものです。

 

二回目(29歳の時)の発病

結婚して長女を出産し、育児休暇を終え職場復帰して1年ほどたったころ、血球貪食症候群が再発しました。

この時のことについてはまた改めて記事にしますね!

インターネットで得られる情報も増え、便利ではありますが、ネットの情報に固執せずに、実際見てくれてリアルタイムで状態を把握してくれているお医者様の情報を大事にしてください。

また私は、虫の知らせというか、ピンとくる直感も大事にしていました。

 

 

この記事が、少しでもお役に立てましたら幸いです^^♪

お読みくださりありがとうございました。