小さい痛みや、中くらいの苦しみを

何とか逃がしている自分の防潮率を

知っていることが、

これ以上は自分で逃がしきれない

って、

自分で判断を下せること

に、繋がるのかな。

 

 

人に頼る判断だって、

逃げる判断だって、悪くない。

 

 

鈍感なふりをして自分を消す判断、

見なかったことにする判断、

聞かなかったことにする判断、

・・・

 

 

 

人は、一日に2万回の判断をするそう。

(諸説あるんですけど、とにかく沢山ね。)

 

一つ一つ意識もしないことも含め、

それが、

私の・家族の・繋がる人たちの

今に繋がってもいる。

 

けっして、

「あの時」の判断だけじゃない。

 

 

 

で、本題です。

(やっとかい!)

古民家や城の作りにあるように

昔からの知恵って、

「逃がすこと」のようです。

 

石垣の粗積みや伝統構法

波打ち際のごろ石など、

向かってくるエネルギーを

吸収して逃がすという。

 

 

防ぐんじゃないんですね。

 

防ぐって、

ガチで受け止めちゃう

ことですからね。

 

だから在来構法だと、

倒壊しちゃうでしょ。

 

 

 

 

限界があったんだって

わかったときは、

もう

取り返しのつかない時。

 

”征服”でなく”順応”するのが
日本人の知恵

ー(梅干しと日本刀)

 

 

 

 

ママがそうしなきゃ、

我が子はそうできない。

ママが自分にそれを許さなきゃ

我が子もそれを許されないから。