多分私、教育ママなんですけど、
一般的な教育ママのグループから
はじかれる教育ママです(笑)

で・も!
スタートは【ザ・教育ママ】です。

ん?
あ、でも最初の最初はそうでもないか。

 

体を使おう、手を使おう、
季節を感じよう
とかから入ったかな?

モンテッソーリから始まって、
ニキーチンから、
ドーマンから、
いろいろいろいろ・・・

興味のままに調べていったら、
あれあれあれ?

 

いつの間にか、
自分がおぜん立てした何かの中で
娘に「何か」させている
自分に気づいたんですね。

環境を与えるはずが、
メニューを与えている・・・
そんな自分がいたんですね。

 

教育という世界で
小学生から大学生までの
様々な親子を見てきた経験から、

日本語の力というのは
全てに通じると感じていたのと、
私の本好きもあって、

小さい時から読み聞かせを
たくさんしてきました。

最初は優しい気持ちで、
自分も癒されながらしていた
そんな読み聞かせ。

でもいつしか、内容だとか、
文量だとか、表現がどうだとか

私のくせに(笑)
変な教育的視点なんか
持ち始めて。

 

娘が絵本のジャケ借りを
しようものなら、
冊数の制限をかける鬼母っぷり。
(まじごめーんよ・・・)

目的意識を持って本を選ぶ、
そういうものだと、
それが娘のためになると信じて
1ミリも疑ってなかったんですね。
(↑ココが怖い)

 

いや、目的意識を持つことが
悪いんじゃないです。
ただ私が猪突猛進のイノシシ女で、
そこが問題だったの。

どんな作者でどんな感情に
フォーカスするだとか、
この時代背景、地域とか
どこどこの出版社の選書で
などなどなどなど・・・

 

どうしちゃってたんでしょ、私。
そんな、枝葉末節にこだわって。

そんな細かく、
いつまでもガイドできるわけでも、
させてもらえるわけでもない。

そう、結局、どうなるかなんて
親はコントロールできない。

親と子は全く違う人格の別の人。
そんなこと、知識としては
耳にタコができるほど聞いたわ。

 

でも、知ってただけで、
心から理解してなかったんですね。

ついてって
やれるのはその入り口まで
あとは一人でおやすみ坊や

俵万智さんの『プーさんの鼻』より。
図書館でふと手に取り、
心が震えた一句です。

そうだ、そうだね、
私がついていけるのは、入り口まで。

 

私がついていけない、その先に
「知りたい」、「学びたい」という
気持ちをもって進んでいけるような
心の栄養をたっぷーり染み渡らせて
入り口まで一緒に行こっと^^