う~ん、刺激的なタイトル。

でもコレ、
ママの中にある
カタカナ英語の存在を認めて、
カタカナ英語と上手く
共存しましょうよ、って話です。

全ての悪の根源が
カタカナ英語にあるって?

そんなこと言っても
カタカナ英語が私たちの
頭にしっか~~りと
根付いちゃっていることは
変えられない事実だし、
変えなくてもいいじゃない?

だって私たち、日本人です。

誰かに、何かに
なるのではないのです。

私+英語 それだけの話です。
 

そしてね、忘れることって
覚えることより難しいんです。

だからね、
「忘れる」ことは忘れてください(笑)

カタカナ英語は
忘れないでもいいんです。

ただ、英語とは別物として
置いておくといいです。

カタカナ英語の情報が
英語と同じくくりの所にあると
とても混乱します。

アップル=Apple
って、再インストールするより
何もないところに
インストールした方が
はるかにラクなのです。

 

斯くいう私も、
カタカナ英語がしみついている
そんな自分を呪いました。

このおかげで発音下手なんだって。

でも、今思えば
それを隠れ蓑にしてただけ。

「英語ができないのは
先生の教え方が悪かったから。」
っていうのと同じような、
ただの負け惜しみ&自己の正当化。

私、イサオショック経験後、
カタカナ英語への見方が
ガラリ
と変わったのですね。

それが、
フォニックスへ目を向ける
きっかけにもなったのですが。

カタカナ英語がしっかりと
しみついている自分に、
がっかりしないでください。

違いを認識すれば、
カタカナ英語は英語じゃない、
心からそうガッテン出来れば、
あとは素直にインストール
するだけです。

以上、長い前置きでした。