30年ほど前にしては

珍しかったかと思いますが

私の母は子供たちに

性教育をしていました。

 

どうして生命が誕生するのか
(コウノトリじゃないよって)

私たちの体のしくみ

月経がある理由

・・・とかね。

 

なので、私も自然に

そうするようになりました。

 

 

こちら、私から娘へ読み継がれた本。

大きくなってから目にすると、

結構ショックが強い絵(主人談)。

 

 

 

今日は、性の語り部

助産師の鈴木久代さんの

お話を聞く機会に恵まれました。

 

母の私からだけではなく、

性→生のつながりを

実際に感じている久代さんに

お話を聞けるというのは

とても貴重な経験。

 

それに加えて、

主催の清水のり子さん

「おかあさんといっしょ」の

ノリで性教育を語るよwww

と仰ってたのも高ポイント。

 

ひさちゃん(久代さんね^^)

はホント、そんなノリで

子供たちを引き込んでいました。

 

娘はベスポジを陣取り、

ひさちゃん紹介の絵本も

興味津々で読み漁っていました。

 

 

「こんなにもたくさん!」

ってほどソレ系の絵本が。

 

久代さんによると

こういった本、図書館でも

前面には出てこないみたい。

 

公教育の諸事情により、

リクエストしてから

やっと出てくるようです。

公の場でもタブー視なのね。

 

この辺は

もしかして前面に出てるかも?

という、大人が見ても

恥ずかしくならないであろう絵本。

 

 

 

 

私は、母から

性のお話を聞いていました。

それこそ、チョメチョメの話も

聞いていました。

「ぼくどこから~」にはそういうシーンの絵もある。

 

だけど、私の場合

「イヤな思いをした」

というのはなかったと思います。

 

例えば、今その絵本を見ても

「見たくない」のような

マイナスイメージはないんですね。

 

「愛ってすごいな」

「私ができたのってスゴイ!」

「私も子供できるんだ!」

きっとこれくらいのことしか、

考えてなかったかも…。

 

「気持ちワルッ!」

「いやらしい・・・。」

という、ティーンの概念が

小さい頃にはそもそもない!

 

久代さんも言っていましたが

性≠イヤらしいものであれば

性教育のお話はすんなりと

入ってくるそうです。

(私が証明ですw)

 

キワドイ言葉や

顔を赤くせずには話れないこと

そんなことだって、

「打ち出の小槌」とか

「空飛ぶじゅうたんでウンチャラカンチャラ」

というのと同じように、

さらりと受け止める。

「へー、そうなんだー。」って。

 

 

中学とかで性教育しても

生徒が素直に聞かないって…

そりゃ当たり前田のクラッカー。

思春期だもの。

 

それに、その時期にはもう

日本にあふれる何らかの性産業で

性=イヤらしいモノ

って刷り込まれていると思う。

 

性産業では、性=商品。

お客様の望み通りに、

いかようにでもできるモノ。

 

性というのは、

どんな風に扱ってもいいと

刷り込まれたまま大きくなれば

性犯罪も起こしかねない。

 

性=愛だと知っているだけで

世の中かなり変わる気がする

…のは私だけでしょーか。

 

 

最後に、私の忘備録。

久代さんゴリ押しの一冊。