名古屋からZOOMで全国のママへ

脱・幸せなフリ、「私なんて…」
「あなたのためだから」症候群!

ママの自信増福アドバイザーKanakoです。

この記事は、私が2度発症した
【血球貪食症候群】についての
情報カテゴリーのものです。
1度目:14歳(脳症も併発)
2度目:29歳

今もなお情報の少ないこの病気。
少しでもお役に立てますように。

 

私は出来るだけ、

自分が血球貪食症候群だったこと

そして脳症になってしまったことを

隠していきたいと思っていました。

 

なかったことにしたかった。

 

 

14歳で発症して以来ずっと、

生き残ってしまって申し訳ない

回復してしまって申し訳ない

そう思って生きてきました。

 

「奇跡的な回復!」と

親は涙を流して喜んでくれました。

 

ただ私は回復するほどに

心が苦しくなりました。

 

この病気を知れば知るほど、

脳症から回復すればするほど、

申し訳ない気持ちになりました。

 

ただ、どれだけがんばっても

発症前の自分には戻れないという

ことだけは自分で感じていました。

 

この「中途半端な回復」は

思春期真っただ中で

受験生の夏真っただ中だった

私には生殺しみたいなもので。

 

 

大げさじゃなく、

自分の人生に絶望し

自分の運命を呪いました。

 

あの時死ねばよかった。

 

そんなことも、

何度も思ってしまいました。

 

中3ってね、まだ

驚くほど了見狭いんです。

 

 

あの頃ちょうど、

「1リットルの涙」という

中学生女子の難病闘病記録が

映画やTVで実写化されました。

 

 

母は、

いつもティッシュを抱えて

テレビを見ていました。

 

今ここで言語化するのも

はばかられるくらいのアホ発言…

まぁ、聞いてやってください。

 

アレが嫌いでした。

内容うんぬんじゃありません。

 

私も、あの時死んでたら

可愛い女優さんがやってくれる

美しく悲しいストーリーとして

キレイに終われたかもしれない。

 

どうして私なんかが

助かってしまったんだろう。

 

もう、お先真っ暗で

誰も期待をかけてくれないのに。

 

生きていてくれてるだけでいい

そんな言葉、辛すぎました。

 

だって私は、

生きているだけじゃイヤ。

 

だって、そう思えるまでに

回復してしまったから…。

 

 

退院してからは、

1年半ほどリハビリに通いました。

理学療法、作業療法、言語療法

フルコースでした。

 

その後は自分で

リハビリメニューを作りました。

 

私が特にコンプレックスを

感じていたのは滑舌でした。

 

滑舌(かつぜつ)対策に

いろはうたから始めて、

「ポケモン言えるかな?」のCD、

早口言葉もやりました。

 

でも、高校では

カナコの喋り方って、
時々シンショー(身体障碍者)みたいw

とか言われることもあり、

トイレでめちゃ泣いてました。

 

家でひたむきに

滑舌練習をするギャル…。

グレたものの、

なんとか這い上がりたかった。

 

大学生になっても、

滑舌対策は続けていました。

その頃は、「外郎売(ういろううり)

なんかをやってましたね。

 

 

生き残ってしまったのが、

申し訳なかったのと、

知られるのが怖かった…

というのが、正直な気持ちです。

 

でも、この発信を通じて

応援できる方々がいることを知り

とても嬉しい今日この頃です♪

 

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